1.有酸素性持久力トレーニングプログラムの要素
(1)運動強度
運動強度の設定は、主なもので3パターンある。
算出した目標心拍数で設定
主観的運動強度で設定
代謝当量で設定
パターン1:算出した目標心拍数で設定
- 具体的に目標心拍数を決定する。
- 目標心拍数の算出法は2つある。
- 1つは年齢推定最大心拍数から算出する場合。
- もう1つは予備心拍数から算出する場合である。
※各心拍数の略称
〇目標心拍数 [拍/分]
=THR
(Target Heart Rate)
〇年齢推定最大心拍数 [拍/分]
=APMHR
(Age Presumption Maximum Heart Rate)
〇予備心拍数 [拍/分]
=HRR
(Heart Rate Reserved)
〇安静時心拍数 [拍/分]
=RHR
(Resting Heart Rate)
年齢推定最大心拍数
拍動が最も速くなった場合の限界値的な心拍数を年齢で推定したもの。
予備心拍数
心拍数が安静状態から最大状態に至るまでの変動範囲。安静時心拍数と最大心拍数の差。
※各心拍数と有酸素性能力
- 最大心拍数が高い人は有酸素性能力が高い。(酸素運搬能力が高い)
- 安静時心拍数は低い人は有酸素性能力が高い。(体内で酸素が効率よく使われているので、拍動数が少なくて済む)
- 上記らから、予備心拍数が大きい人は有酸素性能力が高いといえる。
目標心拍数の算出方法①
- 『%年齢推定最大心拍数法』又は『%APMHR法』ともいわれる。
- (年齢推定)最大心拍数に対する割合で目標心拍数を算出する。
目標心拍数の算出法②
- 『%予備心拍数法』又は『%HRR法』ともいわれる。
- 予備心拍数、最大酸素摂取量(VO2Max)に対する割合で目標心拍数を算出する。
- 個々のクライアントに対し、特異的に目標心拍数を設定できる。
- 健康な成人の場合、予備心拍数の50~85%は年齢推定最大心拍数の70~85%に相当する。
- この範囲は有酸素性機能を向上させるのに適切なストレスとなる。
- 非常に体力レベルの低い人は、年齢推定最大心拍数の55~65%の範囲が適切である。
参考酸素摂取量の算出(2章参照)
酸素摂取量
=心拍数×1回拍出量×動静脈酸素較差
パターン2:主観的運動強度で設定
- 運動実践者が、どれ位の強度を感じているかを表わす指標。6~20の15段階に分けられる。
- 略記はRPEやRPEスケール。RPEスケールの代表的なものにボルグスケールがある。
- スケールの等級(段階)に10を掛けると、およその心拍数を示す。
- クライアントのVO2Maxを把握していない場合には、RPEスケールを使って心拍数を推定でき、クライアントの運動時心拍数をモニターできる。
- 薬物治療や病気の影響で、心拍数を用いた運動強度の設定が不正確な場合にも用いる事が可能。
(例)
有酸素性運動中のクライアントに辛さ具合を聴取したところ、『ややきつい』との返答あり。このクライアントの現在の心拍数は?
『ややきつい』はRPEスケールによると等級(段階)13になる。これを10倍して、
現在の推定心拍数 [拍/分]
=13×10
=130 [拍/分]
- 低体力者は主観的運動強度11~13が適切。
- 一般的には主観的運動強度13~15が適切。
- 高体力者は主観的運動強度15~17が適切。
パターン3:代謝当量で設定
- METs(メッツ)と略記される。
- 1METの酸素需要量は3.5ml/kg/分。これは安静時の酸素需要量である。
- その活動(運動)が安静時の何倍の強度にあたるかを示す。(例えば3METsの運動は安静時の3倍の運動強度となる)
- その運動で消費されるカロリーの算出にも使用される。
参考各運動のMETs例
- 以下は一例にすぎない。
- 以下の様に、各運動や生活活動に対しMETsが割り当てられている。
※より詳しいMETs表
NSCAの教科書や国立健康・栄養研究所まとめのこちらを参照。
参考METsで消費カロリーを算出
(例)
体重70kgの方が、自転車エルゴメーター90ワットで40分実施した場合の消費カロリーは?
自転車エルゴメーター90ワットは6.8METsなので、
消費カロリー [kcal]
=6.8METS×70kg×0.67h
=319 [kcal]
(2)エクササイズ頻度
- 最低でも週2回、最多で週5回の有酸素性トレーニングが一般的な体力向上のための指標。
- 休息日は均等に配列する事が好ましい。
(3)エクササイズの持続時間
- 一般的な健康増進の為であれば20~60分の有酸素性運動がすすめられる。(ACSM(アメリカスポーツ医学会)による)
- 体力レベルが低い人などは、間欠的にエクササイズを行っても良い。
(4)漸進性
頻度、持続時間、強度の増加は週あたり10%に留めるべきである。
(5)体力レベルに応じた有酸素性運動処方のガイドライン
※体力別では無く、一般的な心臓血管系機能を向上させる運動強度
ゼロトゥピーク法:70~80%
カルボーネン法:50~85%
2.有酸素性持久力トレーニングプログラムのタイプ
代表的なプログラムタイプは以下の6つ。
これらのプログラムは目的に応じて使い分ける。
- ロング・スロー・ディスタンス(LSD)
- ベース/テンポトレーニング
- インターバルトレーニング
- サーキットトレーニング
- クロストレーニング
- アームエクササイズ(手でバイクをこぐ)
無酸素性作業閾値(AT)
プログラム説明の前に、トレーニング強度を決定する際に重要となる無酸素性作業閾値(むさんそせいさぎょういきち)について説明する。
(1)無酸素性作業閾値(AT)
人のエネルギー供給機構は大別すると『有酸素手的エネルギー供給機構』と『無酸素的エネルギー供給機構』になり、これらを組み合わせて筋肉にエネルギーを供給している。運動強度に応じて、これら供給機構の使用割合が変化する。
①楽な運動強度
有酸素的エネルギー供給機構がメインで働く。
②運動強度の高まり
無酸素的エネルギー供給機構の働きが増す。(有酸素的エネルギー供給機構も働いている。)
③更なる運動強度の高まり
無酸素的エネルギー供給機構がメインで働く。
②の無酸素的エネルギー供給機構の働きが増しているゾーンを無酸素性作業閾値(AT: Anaerobic Threshold)という。
この無酸素性作業閾値(AT)が生じる運動強度を把握しておく事で、持久系アスリートの目的に応じたトレーニングプログラムの強度設定が可能となる。
(2)無酸素性作業閾値(AT)の種類
ATは、その測定方法(何によってATと判断するか)に基づいて4つに分類される。
①乳酸性作業閾値(LT)
②血中乳酸蓄積開始点(OBLA)
- 運動強度がLTを超えてから乳酸が生成されるわけでは無い事に注意。
- 同じ運動強度(例えばランニング速度)であっても、全身持久力が高くなると血中乳酸濃度は低くなる。
- 全身持久力が高くなると、LTやOBLAに至る運動強度(例えばランニング速度)は高くなる。
③換気性作業閾値(VT)
- 同じ運動強度(例えばランニング速度)であっても、全身持久力が高くなると二酸化炭素量(又は換気量)は低くなる。
- 全身持久力が高くなると、VTに至る運動強度(例えばランニング速度)は高くなる。
④心拍性作業閾値(HRT)
- 同じ運動強度(例えばランニング速度)であっても、全身持久力が高くなると心拍数は低くなる。
- 全身持久力が高くなると、HRTに至る運動強度(例えばランニング速度)は高くなる。
(3)無酸素性作業閾値(AT)の見つけ方
以下のグラフを作成し、傾きが変わる点を把握する。
①乳酸性作業閾値(LT)
走速度に対し血中乳酸濃度をグラフにする。
血中乳酸濃度の測定は血液を採取する事で行なわれ、指先や耳たぶから微量の血液をとる。
②換気性作業閾値(VT)
酸素摂取量(運動強度を表わす)に対し二酸化炭素(あるいは換気量)をグラフにする。
測定はトレッドミルや呼気ガス分析器が必要だが、トラックやロードでも可能で、その場合は携帯型のガス分析器で測定する。
③心拍性作業閾値(HRT)
走速度に対し心拍数をグラフにする。
各走速度での心拍数を腕時計型の心拍数計等で測定する。
(4)各測定での課題
現場で活用する観点からみた課題は以下の通り。
①乳酸性作業閾値(LT)
その日のコンディションによって測定値がばらつく。
採血が必要。
②換気性作業閾値(VT)
基本的には測定装置が大がかりで、専門施設での測定が必要。
③心拍性作業閾値(HRT)
LTやVTと出現時点(運動強度)が一致せず、それらより高い時点(運動強度が高い)で出現することがある。
出現が不安定で、出現しない場合もある。
⇓
専門施設や測定機器がある環境であるならば、LTやVTの測定が望ましいが、そうした環境になければHRTの活用が良い。
(5)無酸素性作業閾値(AT)の活用
走り込みの時期などはATペースでの走り込みが有効。又は距離や時間の長いトレーニングでも利用する価値はある。
ATでトレーニングしていれば、ATそのものも向上する。
※ATが向上する
ATに至る運動強度を高くする事ができる
=脂質の利用能力が向上する
=酸素利用が上手くなる
=運動強度が増しても有酸素的エネルギー供給機構で対応できる
=運動強度が増しても長時間運動できる
LTやVTの活用
LTやVTがわかるのであれば、その時の心拍数で走ると効果的。
HRTの活用
LTやVTよりも高いところに屈曲点(傾きが変わる点)がくるので、ロードの速い持続走やトラックでの速いペース走などに利用すると良い。
※AT(=LT,VT,HRT)は閾値なので、測定したATよりも5~10%程度低い心拍数で行なうとトレーニングの失敗が無くなる。(強度設定のミスが無くなる)
(6)無酸素性作業閾値(AT)の目安
ATに至る運動強度の目安は以下。
レベルが高くなるほどATに至る運動強度も高くなる。
特に運動していない人
全力の50~60%
トレーニングしているランナー
全力の70%以上
一流ランナー
全力の90%前後
※『全力』とは最大酸素摂取量時の運動強度と思ってもらえばよい。
上記ATの目安とカルボーネン法(14章参照)を用いて、ATで走り込みを行なう場合の目標心拍数が算出できる。↓
プログラムのタイプ
(1)ロング・スロー・ディスタンス(LSD)
- 低めの運動強度で、長時間行なう。30~120分。
- 運動強度はATレベルの80~90%程度。(ATに至る強度の境目で行なう事でATレベルが向上する)
- ATの向上が目的。脂質の利用を高める。
(2)ペース/テンポトレーニング
- 強度はLTレベル。主観的運動強度(RPE)で13~14。
- 心肺機能の向上、最大酸素摂取量(VO2max)の向上を目的とする。
- 頻度として週2回以上は行わない方が良い。
- 実施方法は2つ。
(3)インターバルトレーニング
- 高強度で短時間のエクササイズと、それよりも低い強度で長めの時間のエクササイズを交互に行なう。
- プログラム変数を変えることによって、有酸素性能力の向上だけでなく様々なトレーニング目的にあったプログラムを作れる。
- 高強度エクササイズの強度は最大酸素摂取量VO2maxや、LTまたはそれ以上。
- 高強度でのエクササイズは1回を3~5分行い、運動-休息比を1:1~1:3に設定する。
- 主にLTの向上、心肺機能の持久性の向上を図る。
- 有酸素性インターバルならば、高強度エクササイズは最大酸素摂取量VO2maxの100%付近で3~5分の疾走。
- インターバルトレーニングは、クライアントに確かな有酸素性能力の基盤が出来てから行なう。
※3つのプログラムの運動強度
インターバルトレーニング > ペース/テンポトレーニング > LSD
(4)サーキットトレーニング
- 心臓血管系トレーニングとレジスタンストレーニングを組み合わせたもの。
- 筋力・筋持久力の向上、全身持久力の向上が目的。しかし、それぞれ単独で実施した方が、その効果は高い。
- 初心者には、効果は充分期待できる。
- トレーニング習慣のあるアスリートであっても、体力維持であるなら有効。
- 伝統的なプログラム:負荷40~60%1RM、運動-休息比1:1。
- トレーニンング時間が限られている場合、時間の有効活用となる。
- 高強度での持久性能力や耐乳酸能力の向上も可能なので、アマレスのような短いピリオドの競技種目に特異性が高い。
(5)クロストレーニング
- 数種類の有酸素性持久力トレーニングのエクササイズを組み合わせる方法。
- 特異性の制限を克服することができる。
- トレーニングによる身体のストレスを分散させるので、傷害予防に役立つ。
(6)アームエクササイズ(腕エルゴメーターなど)
- 腕でバイクをする。
- 下半身に整形外科的疾患があるクライアントに対し、心臓血管系のエクササイズとして提供できる。
- 目標心拍数の設定の際は、他の心臓血管系エクササイズに比べて10~13[拍/分]低くすること。
3.有酸素性持久力トレーニングとレジスタンストレーニングの複合トレーニング
(1)両トレーニングを同時期に実施した場合
①有酸素性持久力トレーニングへの影響
有酸素性持久力トレーニングのみを行った場合と同等の効果が得られる。
有酸素性の競技選手にレジスタンストレーニングをさせると、ラストスパートでのパフォーマンスの向上といった無酸素性能力の向上が期待できるし、ランニングエコノミーが向上する。
ランニングエコノミー
一定の速度で走る際に体内で消費する酸素量を示したもの。同じ速度でも人によって酸素摂取量は異なる。『どれだけ効率良く走れているか』の指標になる。
酸素摂取量が高い
=効率が悪い
=ランニングエコノミーが高い
酸素摂取量が低い
=効率が良い
=ランニングエコノミーが低い
②レジスタンストレーニングへの影響
レジスタンストレーニングのみを行った場合と比較して、その効果(筋力向上や筋肥大など)は低くなる。
瞬発系や筋力系の競技選手に多量の有酸素性トレーニングを実施させるとパフォーマンスが低下する。
③初心者の場合
低体力者や初心者では、両トレーニングの効果が得られる。
(2)有酸素性持久力と筋力の両方を向上させるプログラムデザイン
まずは、有酸素性トレーニングを中心に実施して(オフシーズンは週5回ぐらい)、充分に有酸素性能力を向上させる。
↓
その後、有酸素性トレーニングは維持のための必要最小限にして(週2~3回)、レジスタンストレーニング中心のプログラムに移行させる。
※採用する有酸素性トレーニング
LSD(ロング・スロー・ディスタンス)の様な低強度多量プログラムでは無く、インターバルトレーニングの様な高強度少量プラグラムとする。